お出かけ

桑原征平氏の生前葬に参列してきました

令和元年九月十三日(金)仏滅

アナウンサー人生五十周年記念

桑原征平 生前葬・甦生の儀(よみがえりのぎ)に参列してきました。

もう少し詳しく言うと、ABCラジオの「桑原征平 粋も甘いも」(水・木)ひる12時~15時放送のラジオイベントである。

 

ここからは桑原征平 粋も甘いも」ラジオリスナーもしくは桑原征平のファン以外の方は、ナンノコトか分からないと思うので、飛ばしてもらって結構です。おそらく関ヶ原から東の方は分からないと思います。

ちなみに桑原征平とは

簡単に桑原征平氏の紹介をします。元関西テレビアナウンサーで関西ローカルでは「ノックは無用」「ノンストップゲーム」全国ネットだと「ハイ!土曜日です」「DOサタデー」「土曜大好き!830」や一時、フジテレビ出向で2年間「おはよう!ナイスデイ」の司会「めざましテレビ」の関西中継レポーターの担当もしていたので、ひょっとしたら東京の人でも記憶にあるかもしれない。

元祖!体当たりアナウンサー

やはり桑原征平と言えば「ハイ!土曜日です」での伝説のコーナー「征平の挑戦」だろう。このコーナーは桑原征平が、かなりハードな事に挑戦するコーナーで阪急ブレーブスと広島東洋カープが対戦した日本シリーズに阪急ブレーブスのユニホームを着て、阪急ブレーブス優勝のプラカードを持って広島市内を歩いて広島ファンにボコボコにされたり、那須温泉の「鹿の湯」で50℃のお湯に挑戦や北海道で-10℃の中「寒中みそぎ」に挑戦やライオンとの格闘でおしりをかじられたり、メキシコ・アカプルコの断崖からのダイビング、そして定年の記念?として「さらば征平・最後の挑戦!」では東尋坊からダイビングなどアナウンサーとは関係ない仕事、芸人見たいな仕事をしていた。

「さらば征平・最後の挑戦!」は日本民間放送連盟賞の最優秀賞を受賞している。

現在はラジオで活躍

関西テレビ定年後、借金の保証人なっていた為、銀行が全財産・退職金すべて回収されてしまった。その後、ABCラジオから声がかかり現在「桑原征平 粋も甘いも」のパーソナリティを15年間やっている。

生前葬会場へ向かう

8:45 こだま697号 新大阪行き

9:53 新大阪到着

お昼は久しぶりに「浪速そば」

第1部は、11時30分からと中途半端な時間なので、朝と昼ごはんを兼ねて久しぶりに新大阪駅構内の「浪速そば」で人気№1の「新大阪そば・牛肉入り」470円安い!を食べた。

う~ん、おいしい! 桑原征平もたまに食べるそう。(ラジオで言ってた)

阪神電車で移動

新大阪からJRで大阪へ行き、そこから阪神電車で尼崎へ行く。

尼崎駅で降り、歩いて約5分ぐらいで会場に到着。

会場は、あましんアルカイックホール・オクト。

会場入口には

八代亜紀が描いた、桑原征平 還暦の肖像画

宮川タロウ(雅次)氏のジオラマが展示してあった。

第1部生前葬の開始

生前葬は、第1部11時30分と第2部16時の2部構成で行われた。

それぞれ御香典(入場料・チケット)は2,500円

私は2部とも参列した。(^^)/

会場は満席。そして時間になり生前葬開始。ステージには立派な祭壇があり、中央には額縁だけの遺影があった。

そしてご本人、桑原征平登場!

会場は大拍手で迎えた。(なんか変?一応、生前葬なんだが・・・。笑)

第1部の参列者(ゲスト)は?

一応故人をしのぶ為、桑原征平のこれまでのヒストリーを紹介して、生前中お世話になった方々からの挨拶・トークがあった。

・葬儀委員長 道上洋三
「おはようパーソナリティ道上洋三です」 月~金 あさ6時30分~9時放送中

・司会 伊藤史隆 ABCアナウンサー

・遺族代表 永田まり 小川恵理子

・上等兵こと小山乃里子

・ピンコロビッチ、十三の白雪姫こと桜井一枝

・高野あさお 「征平・あさおのどす恋ラジオ」水曜 午後5時~5時15分放送中

・宮川タロウこと宮川雅次(宮川大輔の父親)

・元関西テレビプロデューサー 古吟勲一

 

桜井一枝、久しぶりに見たけどいい感じだったな。なんか安心する。

そして、桑原征平と元関テレ古吟勲一Pとのトーク。古吟Pはラジオの中でも結構登場するのだが、古吟Pは関西発全国ネットの番組「ハイ!土曜日です」の担当Pで、その中の伝説のコーナー「征平の挑戦」を作った人だ。

その当時の2人のトークが実におもしろかった。古吟Pの名言・口ぐせは

「今週、血を1滴流したなら、来週は2滴流せ!もし、死んだら社葬や!安心せい、お前の家族は関西テレビが全部面倒みたる!そして子供たちは、関西テレビに入社させたる!」

だったそう。

ぜひ「征平の挑戦」のDVD化を望む。

「私は忘れない」ステージで披露

そして、番組でも人気コーナーの「私は忘れない」をステージで披露。この時も関西テレビ時代の話、古吟Pの話で盛り上がりました。

この「私は忘れない」の話を聞くと、桑原征平が関西テレビにいた時代がテレビ業界全体が一番華やかだったということが分かる。桑原自身もフジテレビに出向に行った2年間「おはよう!ナイスデイ」をやっていた頃は、東京の高待遇扱いで人生で最高潮の時だったと言っていた。

ちょうど出向していた1985年頃は、山口組と一和会の山一抗争、豊田商事事件、三浦和義ロス疑惑、日本航空123便墜落事故とワイドショーにとって激動の年だった。フジ「おはよう!ナイスデイ」日テレ「ルックルックこんにちは」TBS「森本ワイド モーニングEye」テレ朝「モーニングショー」この頃のワイドショーは、各局しのぎを削る視聴率戦争だった。

今みたいにコンプライアンス、BPO、視聴者クレームなんて関係ない。取材も過熱しモラル、人権、プライバシー関係なし!遠慮なくズカズカ土足で踏み込んでた。観てる方はおもしろかったけどね。私なんか学校が夏休みになると朝からテレビに釘付け、各局チャンネル回して大人の世界をみせて貰ったもの。今じゃ考えられない、放送出来ないよね。

この時のワイドショーの裏話を「私は忘れない」のコーナーで話してくれて、おもしろいのはもちろん、むしろ凄く貴重な話なのである。

あと、スポーツも好きで、特にボクシングが大好きでボクシング話もおもしろい。

ぜひ「私は忘れない」のCD化を望む。

生前葬、最後は桑原征平甦る

生前葬の最後は、赤ちゃんに生まれ変わった桑原征平が登場!

そして出演者全員ステージに揃い第1部終了。

 

第2部生前葬の開始

16:00からの第2部は、ほんの少しだけ変えて行われたが、基本第1部と同じ流れでゲストだけ違った。

第2部の参列者(ゲスト)は?

・葬儀委員長 三代澤康司 ABCアナウンサー
「ドッキリ!ハッキリ!三代澤康司です」 月~木 あさ9時~ひる12時放送中

・司会 中邨雄二 ABCアナウンサー
「サクサク土曜日 中邨雄二です」 土曜 あさ7時30分~10時放送中

・遺族代表 永田まり 小川恵理子

・元関西テレビアナウンサーメンバー

スポーツ、競馬実況といえば馬場鉄志

梅淳こと梅田淳

ヤマヒロことカツラアナウンサー山本浩之

 

・桂吉弥
「征平・吉弥の土曜も全開!!」 土曜 あさ10時~ひる12時放送中

大物ゲスト登場!

第2部は、サプライズ大物ゲストも登場!

なんと、西川きよしが登場!

これには、私も会場も桑原征平もびっくり!だって出演するなんて聞いてなかったもん。

いや~うれしかったな。私、西川きよしの大ファンなのです。

西川きよしと桑原征平の爆笑なつかしトーク。これまた関テレ時代の話で「パンチDEデート」で関テレが大儲けして社屋を建てた話や「わいわいカーニバル」放送中の話などここでしか聞けない、放送出来ない話で大盛り上がりでした。

もう一つびっくりしたのは桑原征平75歳、西川きよし73歳で桑原征平のが年上なのを知った。第1部、第2部とも観ましたが、この2人のトークがイチバンおもしろくて笑いっぱなしでした。やっぱ、西川きよしって凄いわ!ますます好きになった。

とっても、パワフルな2人でした。

そして第2部でも「私は忘れない」を披露して、出演者全員ステージに揃い終了。

ラジオでもおもしろい

昔、健康食品のインタビュー記事を読んで感心した覚えがあり、同じような内容が生前葬の中で桑原征平の自宅訪問のVTRの中でも流れた。書斎に「私は忘れない」のネタ元、関西テレビの手帳が何十冊とあり、その手帳にはその時の出来事が箇条書きにびっしり書かれていた。それを元にラジオで話すネタや「私は忘れない」で話す内容を前日にノートにまとめて本番に備えている。そして、そこに征平節が乗っかると、さらにおもしろさが増す。

桑原征平は、ラジオの中で「老いた自分を見せたくないので、もうテレビには出ない」と言っていた。今の桑原征平はラジオの桑原征平なのだ。ラジオはテレビと違い、さらにしゃべりが求められる。ラジオでいかにおもしろくさせるかを、ちゃんと準備して考えているのだ。

喜んでもらえれば・・・。

桑原征平の根幹は「喜んでもらえれば」だと思う。それは、今でも変わってない。熱湯に入ろうが、崖から飛び降りようが、ライオンに噛まれようが、頼まれたらやるのである。全財産、退職金取られようが、それをネタにしてしまう。ニュースが読めないアナウンサーと言われようが、これが桑原征平なのである。

でも、やっぱりアナウンサーなんだと思ったのは、関西テレビ定年最後の日の仕事は3分ほどのニュースを読んで終えた。だが、桑原征平ただで済むはずがない。すべてニュースを読み終えた後、

「さて、私事で恐縮ではございますが、ただいまのニュースをもちまして関西テレビを定年退職致します。35年の長きに渡り、皆様本当にありがとうございました」

ニュースの中でこんな事、言ってしまうアナウンサーはいない。これが桑原征平なのだ。

「元祖!体当たりアナウンサー」

「元祖!タレントアナウンサー」

「元祖!ニュースが読めないアナウンサー」

これからも桑原征平は、何かしでかす、やらかすだろう(失礼!)いや、きっと何かやってくれるに違いない。

座右の銘は

「人生は挑戦」「生きてるだけで丸もうけ」

まだまだ75歳。これからも我々を喜ばせて欲しい。